恋愛と営業

ビックカメラでパソコンソフトを売っていたことがある。といってもビックカメラの社員としてではなく、ビックカメラに商品を卸している会社からの派遣社員としてだ。担当した商品は、どマイナーだったので、普通に置いておいてもまったく売れない。それを口八丁手八丁で売るのが私の役目であった。
正直、商品の性能はあまり良いとはいえなかった。自宅で使ってみると明らかなバグが幾つも発見されるありさまだ。ネットでの評判もよろしくない。こんなものを売っていいのだろうか、と悩みながらの販売であった。
またウソが苦手なことが仕事をより苦痛なものにした。「こちらの商品はですね、カスタマーサポートがありまして。ええ。もしも使っていて分からない、ということがありましたらですね。こちらのほうにお電話いただければ、ええ。専門のスタッフが対応いたしますので。ええ。」とか何とか言うのだが、これはウソ。すくなくとも伝えていない事実が存在する。実は、そのカスタマーサポートはひっきりなしに電話がかかってきているらしく、ほとんど話し中でつながらないのだ。でもそれはもちろん言えない。
私は1週間でこの仕事がイヤになった。
一方、この仕事を紹介してくれた友人はものすごい数を売っていた。いったいどんな方法を使っているんだろうと不思議に思っていたのだが、私の営業不振を見かねて、彼が私服で私の店にやってきたときにそれは判明した。
店に来た彼は、効果的な販売法などについて私と話をした。私は思い切って商品のバグについて尋ねた(もちろん客には聞こえないように)。彼は「うん。確かにそういう点はあるけど…」と認めたうえで商品の優れた点について話し出した。ふむふむ、と聞くうちに恐ろしいことが起きた。今までバグだらけだと思っていた商品が素晴らしいものに思えてきたのだ。なんて話術だろう!私は彼の話に聞きほれていた。
すると突然、彼は話を途中で切った。そして叫んだ。「へー!!!なるほどぉぉー!○○○(自社製品)は素晴らしい商品なんですねぇ!△△△(ライバル商品)や×××(ライバル商品その2)は、その点駄目だなぁ!」
彼の言動に、私は戸惑った。どうしたというんだ。が、ブースに近づいてくる客を認めて、その意図に気がついた。彼はサクラをはじめたのだ。いくらなんでもやりすぎだ。苦笑している私の背中を彼はグイと押した。ほら接客しろ、という意味なのだろう。私はあわてて客のほうへと歩み寄って話しかけた。私は彼がさっき話していた内容を再現しようとした。しかし、どうにもうまくいかない。話しているうちに、忘れていたバグの問題がどんどんと頭をもたげてくる。結局、彼の魔法を再現することはできなかった。お客さんは△△△(ライバル商品)のほうを購入して帰っていった。

このバイトを通して学んだことは実に多いのだが、その中のひとつが「恋愛と営業の相似性」である。営業以外の仕事に関しては知らないが、すくなくとも営業は恋愛やナンパに良く似ている。
じっさい、先の彼は恋愛上手だった。知らない女の子とでも自分から話しかけ、5分ともしないうちに打ち解ける。顔がかっこいいこともあるだろうが、何より話し方がうまかった。女の子は彼の魔法に面白いようにかかっていった。私だって女の子とまったく喋れないというほどの重度の恋愛ベタというわけではないのだが、彼のように振舞うことは決してできない。

彼の力の源泉は何なのだろう?私は自信だと思う。彼は自分に対し自信を持っていたのだ。そして売っている商品に対しても。だから堂々とその良さをアピールできた。自分が信じているから、他人にも信じさせることができるのだ。そして彼らはその自信ゆえにウソもつける。こんなに素晴らしい商品なのだから売らないほうが罪だ、そう本気で彼らは思えるのだ。

彼にだって人間的な欠点があるし、彼と私が売っていたソフトにも(彼が如何にうまく言おうとも)バグがある。それは間違いない。しかし彼はそれを乗り越え、自信を持てる。私は見つけた欠陥に囚われてしまう。その欠陥を実情以上に大きく感じてしまうことさえある。これが私と彼との違いだ。しかし、そうとわかってても私は、うまく自分に自信を持てない。理由はワカラン。成功体験の有無ではないと思う。(すくなくとも私はそんなに失敗ばかりしているほうではない。成功体験のほうが多いように思う。)
非モテがモテに対し「楽観的だ」とか「彼らは生きてて楽しそうだな」とか、場合によっては「単純な奴らだな」と感じることが多いのは恐らくこういった力強い自信が原因でないかと推測される。
自信が持てない。だからモテない
自信を持て、などという人もいるが、自信は持とうとして持つものではない。自然に湧き上がるものなのだ。こういうのは、もはやビョーキなのだと思う。
私たちは、自分が自信を持てないビョーキ持ちであるということを自覚し、補正をかけていかねばならないのだと思う。ほんの少し厚かましいかな?くらいがちょうど良いのだ。ただ、これもやりすぎてしまうと、単に厚かましい人になるわけで。いやはや、まっこと、モテになるというのは難しいことですな。