「ブログ型」ねぇ…。

今年の新入社員は「ブログ型」・社会経済生産性本部
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20060328STXKC041428032006.html

同本部はその理由として「表面上は従順だがさまざまな思いを秘め、時にインターネット上の日記を通じ大胆な自己主張をする」ことを挙げた。

 会社の枠にとどまらず同世代と連絡を取り合う「ネットワーク力」をブログになぞらえて評価する一方「寂しがり屋で人とつながりたがり、認めてもらいたい欲求が強い」「パソコンに打ち込むだけの傾向も」と、力強さや実行力に欠ける点も指摘している。

毎年飽きもせず、よう考えますなぁ。以前の「新入社員命名」は以下の通り。
http://www.jpc-sed.or.jp/cisi/mailmag/m020_pa6.html

面白いのは、これ、今年の新入社員なんだよね。1年間働かせた結果として「ブログ型である事が分かった」ではなく、まだ見ぬ新入社員をとっ捕まえて「ブログ型」って言ってる訳で。要するに、新人は常識が通用しないに違いないって言う恐怖感から毎年命名されているわけだ。

で、朝のワイドショーを見ていたら、この「ブログ型」について勝谷誠彦氏が「信用が置けないという点も共通してる」とかコメントしてますよ。アホか。
そもそも信用ってのは、過去の蓄積なわけ。2ちゃんねるの名無しが信用をえにくいのは、名無しであるがために過去の発言を振り返ることができず、信用が0だから。新聞社や、テレビ局に多少信頼が置かれているのは、長い歴史によってなわけ。まぁ、誤報もたくさんあるんだけどさ。
で、勝谷誠彦氏が信頼できるかって言うのは、勝谷誠彦氏自身の過去の発言、行動によって立っているわけで、間違っても「ジャーナリスト」という肩書きや、実名であることとは関係ない。同様に、「ブログ」ってのは単なる肩書きなわけで、肩書きを捕まえて、信用できるとか信用ならんとか議論するほうがおかしい。
まぁ、結局、勝谷誠彦氏のこの発言も「新たにやってきたもの」への漠然とした恐怖からなんだろうね。意外と臆病だな、勝谷誠彦