体育会系ジョークとオタクジョーク、その間にある深い溝

家電量販店でバイトをしていたことがある。そのときの直属の上司がS氏だった。彼は典型的な体育会系、営業タイプであった。

彼と初めて会ったときに、S氏はこんなジョークを言った。
S氏「ねぇねぇ、俺にさ、『血液型は何型ですか?』って聞いてみて?」
私「え…。あ、はい。血液型は何型なんですか?」
S氏「俺?俺はクワガタっ!!」
私は唖然とした。これで笑えというのか。いまどき小学生でも言わないギャグだろう。しかし無表情なのは相手に失礼だ。私はなんとか顔の表情筋を「笑い」の状態にして、その場をやり過ごした。

しばらくして、彼は女子高生を見てこんなことを言った。
S氏「おいおいおい!あの女子高生見てみろよっ!!」
私「え…、あ、はぁ。」
S氏「あの生足!!涎でてくるなっ!あーセックスしてぇ!」

私はずいぶんこの人はゲスな人だと思った。軽い嫌悪が顔に浮かびそうだったが、なんとか押し留め、軽く、はははと笑ってみせた。

その後、S氏とのコミュニケーションは困難を極めた。S氏は私のことを大変嫌ったようで、辞める直前には、S氏に、「お前、つまんねー男だよね。彼女とかいねぇだろ。」とまで言われた。血液型がクワガタである男に「つまんねー」と言われる筋合いは無いと思ったが、上司であることもあって、私は適当に反省した素振りをしておいた。もちろん心の中では大罵倒大会開催であったが。

でも、今なら彼の言っていることも分かる。確かに、体育会系のジョークという視点から見れば、私の反応は「つまんねー」ものであったのだ。

体育会系のジョークとは何か。彼らが言うジョークを見てみよう。全部で3種類だ。

  1. 「俺さぁ、こないだ風俗行ったわけ。したら、すげーブスが出てきやがってさぁ…。でも、やった!」
  2. 「俺さぁ、こないだマジ酒飲みまくってさぁ。気がついたら、全裸になってて、マジやばかったよ!」
  3. 「俺さぁ、まじで今日ノーベンなんだけど。やべーよ!」

彼らは、自分がスケベで、酒乱で、馬鹿であることを積極的に表明する。ここで大事なのは、聞き手はそれに対し、「自分はもっとスケベだ」「自分はもっと馬鹿だ」と答えなければならないことだ。そうすることで強い仲間意識が生まれる。これが体育会系のコミュニケーションなのだ。

だからS氏は、血液型の話を面白いと思って話しているわけじゃないのだ。彼が言いたいのは、「こんなツマンナイ駄洒落を言う俺って馬鹿だよね!!」ということ。つまりパターン3である。そして、女子高生の生足は、パターン1だったわけだ。
よって彼とコミュニケーションを深めようと思うならば、「全くもう〜。Sさんったら〜」といって爆笑し、さらに、自分もほぼ同様なことを言うべきだったのだ。例えば、
S氏「俺?クワガタっ!!」→私「わははははは。もう!下手なシャレは、やめなシャレ!なーんつって!」
S氏「あーセックスしてぇ!」→私「俺もなんか勃起してきちゃいましたよぉっ!今から風俗いきましょ!風俗!」
これが正しい答えだ。お互いに自分を「馬鹿」だと「スケベ」だと表明することで友情を深めていく。これが体育会系なのだ。

これに対し、オタクのジョークは「マニアックなことを言う」ことにある。「お前、ま〜た、そんなマニアックなこと言ってー。誰もわかんねーっつーの!」というタイプのジョーク。「誰もわかんねー」といっているが、もちろん本当は聞き手は分かっているからこそ、こう突っこむわけで。「同じこんなにもマニアックな話題に関心があること」によってコミュニケーションが成り立つわけだ。
実際の例を見てみよう。げんしけん1巻から。第1話、主人公の笹原が初めてげんしけんの面々に受け入れられるシーン。

(笹原、咲ちゃんに殴られて)
笹原「…親父にもぶたれた事無いのに」
咲ちゃん「は?」
斑目「いやあ、やっぱりここはそうだよな!お約束って奴ですか?」
田中「えらい。よく言った!」
斑目「俺なんか思ってても言えなかったよ。いや、普通いえない!」

「親父にもぶたれた事無いのに」という、ガンダムの超有名台詞を状況にあわせて言うというジョーク。こうすることで、笹原は「私も同じようにオタクですよ」と表明するわけだ。*1

これも典型例。
W3C準拠なHTTPパンティ - Engadget Japanese
これがいかにもオタクジョークであるのは、HTTPを使っていることではなく、HTTPという一部の人にしか伝わらないことをジョークとしている点にあるわけ。

オタクがコミュニケーションしつつ、いつの間にか自慢大会に変わっていくのは、マニアックなことの言いあいになることが原因だろう。
もちろん、オタクも自身を卑下することで仲間意識を高めるという方法を持たないわけじゃないのだが、そのやり方は「俺はこんなにもマニアック」という卑下の仕方。「最近、2ちゃんねる漬けの生活ですよ…。」とか「こんなグッズを買ってしまった…」とか。あと日常会話に2ちゃんねる用語を混ぜるとかもそれ。
でも、これ、とらえようによっちゃ自慢ぽくもあるんだよね。やっぱりこれも、俺のほうがマニアックだぞって言ってるわけで。「2ちゃんねるをやっている」はそれほど自慢にならないから、卑下に使えるわけだけど。

また、「オタクは空気が読めない」といわれる所以も説明できる。集団においてオタクが空気を読まないのは、そうした周りに分からない、伝わらない行為をすることがオタクのコミュニケーションだからなのだ。クラス内で、HTTPパンティで盛り上がっている連中は間違いなく浮く。

それから、一般にオタクが体育会系の人を「ゲス」とか「馬鹿」だと軽んじる傾向があるのは、体育会系がコミュニケーションをとろうとして、「馬鹿」なことを言うからである。
逆に、体育会系がオタクを「根暗」とか「真面目すぎ」とか「変に気取っている」と考えるのは、オタクが体育会系のコミュニケーションに反応せず、自分の「馬鹿さ」をさらけ出さないから。さらにHTTPがどーたら、なんて類の難しそうな話をニヤニヤしながらしているからだろう。


4月が近づいていることもあって、内定者と交流が増えてきているんだけど、その内定者の多くが、体育会系的側面を多く持っているのよ。それでこんなエントリー。今、内定者とのコミュニケーションに悩んでいるんだよね。

オタクと体育会系はお互いのコミュニケーションの違いを知らなすぎるわけ。まぁ、別の文化圏だからな。そりゃ接触無いわ。別にどっちが正しいってわけじゃなく、必要なのは、お互いを知ることなんだけどね…。
まぁ、上司がこの手合いである可能性もあるので、うまく付き合う方法を模索しますよ。


2/24に一部変更。
あまりに人が来るので、私個人の特定を恐れて、微妙に変更しました。こんなに反響があるとは思って無かったのよ…。

*1:ちなみに、第2話で、笹原が本格的にげんしけんに受け入れられるシーンがあって、そこでは笹原が「エロパソゲー」をやりたいと表明する。その後の斑目の笑いがあるから、ジョークとして機能していると言っていいだろう。しかし、これは体育会系的ジョークのパターン1。ただ「エロパソゲー」に興味あり、というオタクであることの表明とも取れる。読み直していて気づいたのだが、このころの斑目って意外と体育会系のノリなんだよね。だからこそ、この体育会系とオタクがハイブリットされたジョークなのかもしれん。