俺の娘をめぐってそんなに争うなって

以前に、無断リンク禁止がどうたらこうたらについてというエントリーを書いたのですが、そのテキトーな書きっぷりと同日のほかのエントリーが注目されたために、このエントリーは一部で波紋を起こしました。
その波紋のひとつが、「で、みちアキはどうするの?」縁-或る日のバトルです。
自分の手から離れて、自分の文章が議論をされているのはなんだか不思議な気分です。しかも、あのかなりテキトーなエントリーが。ふつつかな娘ですが…ってかんじ。
「で、みちアキはどうするの?」ふたりはもうおしまいだ?が議論の終着点なので、そこからたどると10近くのエントリーが引き出せます。読んでみると、結局、比喩の解釈論でお互いに揉めまくっているのですが、かなり不毛です。やっぱり比喩は使っちゃいかんなぁ、と痛感させられました。
比喩というのは、数学的に言うと同型写像です。数学の世界では、結構例がある「同型」ですが、現実世界でこれをやろうとすると非常に難しい。「いや、その写像は同型になっていない、こうするべき」「いや、その写像こそ同型じゃない」と揉めるわけですね。しかも結局、どちらも同型じゃないんですな。(まぁ、この話も「比喩」を「同型写像」に例えているわけで、実は無意味?)
比喩を使うときは「みんなシューマッハだから、俺は勝てないんだ!わーん」といったような「おもしろ」として使うべきで、真面目に議論したいときには極力避けるのがベターなのだな、と思います。